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025 近くの国 遠い国
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021 現在進行形的な読みができるおすすめの二冊 で紹介した 「愛のあとにくるもの」 を読み終わった。
久々に、読後感のよい本だった。

辻仁成さん描く男性と、孔枝泳(コン・ジョン)さん描く女性。
二人の主人公は、日本人と韓国人。
物語の中では、男と女、日本人と韓国人のそれぞれの視点が描き分けられていて、とても興味深い。

韓国は、どんな国なのか。
首都ソウルは、どんな街なのか。
韓国は、どんな風景をしているのか。
韓国の人たちは、どんな住まいに暮らしているのか。
韓国の人たちは、どんな食べものを食べているのか。
韓国の人たちの間には、どんなことが流行っているのか。
韓国の人たちは、どんなことに関心を持ち、どんな暮らしをしているのか。

恥ずかしいことだが、お隣の国、韓国のことについて僕は知らないことが多すぎる。

告白すれば、「冬のソナタ」で、ペヨンジュさんに夢中になる日本の女性方の様子をいくぶん冷ややかに見ていた僕だったが、ドラマ「輪舞曲」で生き生きと演技する韓国の俳優たちのエネルギーに夢中になり、「愛のあとにくるもの」を読んで、孔枝泳さん描く主人公に自分を重ねることができ、共感を覚えるようになっていった。

韓国語で、こんにちはは、「アンニョンハセヨ」と言うことは知っていたが、さよならには、「アンニョンヒカセヨ」と「アンニョンヒケセヨ」と二つの言葉があることを、小説を読んで知った。
立場の違いから、相手を思いやって二つのさよならを使い分けるのだそうだ。
聞きなれないハングルが、とても思いやりのある言葉に感じられてくる。

「愛のあとにくるもの」といった小説や、「輪舞曲」のようなテレビドラマの日韓合作、それから前回サッカーワールドカップの日韓合同開催のように、文化面での交流がもっとあればいいと思う。

昔、イタリアを旅したときのこと。
ローマより南に電車で移動すると、韓国からの旅行者によく出会った。
電車の向かい合った席の方に、コリアンですか?とよく声をかけられた。
僕も、韓国からの旅行者も、容姿はまったく同じなのだ。

ずるいことかもしれないが、日本から出る前はお隣の国のことを強く意識したこともない僕が、ヨーロッパの地に来ては、同じアジア人なんだ、と思うのと同時に、安心感を抱いたりしていた。

「 いったい、彼らとぼくとの間に何があるというのか。あるいは何がないというのだ
  ろう。ぼくはぼくが誰だか―――あるいは自分のアイデンティティの根幹に関し
  て、分からなくなりつつあった。 (愛のあとにくるもの 抜粋) 」


(2006.3.29)


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