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5月29日(月)から開催の 「土反展」 が近づいています。
4月から育児休暇にはいり、家事と育児に追われる毎日を過ごしていますが、おばあちゃんが子どもを見ていてくれたりと、家族の協力もあって作品を間に合わせることがなんとかできました。
毎年、大学の先生、仲間から声をかけていただき、展覧会に参加させていただいているのですが、今回は家族の協力の中で準備が出来、感謝、感謝です。
陶芸は、学生のころ入った大学の陶芸クラブから続けているのですが、現在、僕には粘土の作品を焼くための窯がありません。
アパート暮らしでは、窯を買っても置いておくところがないからです。
そこで、煉瓦を組んで簡単な炉をつくって二つの作品を炭で焼きました。
出来た作品の題名は、 「 NOYAKI 」 です。
窯がなくても焼き物を楽しんじゃえ、そんな感じです。
『 NOYAKI 』
ご存知ですか?日本の焼き物の歴史は、1万2000年前から始まっていることを。
長崎県佐世保の泉福寺洞穴で発見された豆粒文土器(とうりゅうもんどき)。
これは、発掘されたものの中では今のところ、世界最古。
エジプト、メソポタミア、インド、黄河流域の四大文明よりはるかに古い。
このことを知った学生時代、日本てすごいところじゃないか、と思ったことを覚えています。
では、日本から世界に焼き物の技術が伝わったのかというと、残念でした。
焼き物というのは、発生の年代はちがうけれど、世界の各地で自然発生的に生まれているのです。
どういうことかというと、それは染物なんかと同じで、生活経験に根ざした中から生まれたものだったからです。
僕が学生の頃、今でもお世話になっている大学の先生が、たくさんの学生の足型を粘土にとって焼いた作品をつくられたことがありました。
そのころ話して下さった話というのがとても面白かった。
焼き物の始まりはきっとこうだろう、というものです。
火を扱うことを覚えた人間は、採った獲物を焼くために、暖を取るために、身を守るために火を使った。
何十年、何百年、何千年・・・。
たまたま粘土の上で火を炊くこともあったかもしれない。
たまたま粘土に誰かが足跡を残していた。その上で、偶然火を炊くこともあったかもしれない。
そして、その焼かれた足跡に水溜りが出来、その足跡が他の場所にできた足跡とちがって固く焼き締まり、水が漏らないことに気がついた人が出てきて・・・。
そうして偶然ではなく、試しに粘土を焼いてみるようになる・・・。
生活の中での 「火」 の存在感が薄れていってしまう世の中になってきて、それもしょうがないのかなと思いながらも、大事なものを忘れてしまってきているのではないか、ということも思います。
煉瓦の炉から高々と炎を上げて焼いている僕を見かけた人は、皆さん興味深そうに声をかけてきてくれました。
火には、わくわくさせられるものがあるようです。
もうすこし息子たちが大きくなったら、火遊びをいっしょに楽しみたい、そんなことを思います。
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